事件後に生還した手島さんと西井さんの詳細な証言、ならびに仕留められたヒグマの解剖結果から、事故の根本原因が浮き彫りになりました。福岡県山岳連盟や北海道警察の検証資料が示すワンダーフォーゲル部事件原因の深層には、野生動物の行動心理に対する決定的な誤認がありました。
第一に挙げられるのが、「ヒグマの所有権の不可侵性」に対する無知です。ヒグマは一度手に入れた獲物や物体を「自分の所有物」と強く認識します。学生たちは「貴重な装備や食料を取られては登山が続けられない」という人間側の論理でザックを引っ張り戻しました。しかしヒグマにとって、これは「自分の獲物を奪い取った敵対行動」と映り、個体に対する強い執着と攻撃行動のトリガーとなりました。
第二に、加害個体となったヒグマの生物学的背景です。現場でハンターによって射殺された個体は、母グマから離れて間もない3歳前後の若いメスでした。好奇心が旺盛で人間に対する警戒心が薄く、人間が携帯していた砂糖や肉などの加工食品の匂いに強烈に惹きつけられていました。胃の内容物からは人間を食べた痕跡は当初見られず、執拗な追跡は空腹のためだけでなく、取り上げられた物への強い興味と執着に支配されていたことが裏付けられています。