新庄剛志氏の女性遍歴を語る上で欠かせない存在が、かつて苦楽を共にしたタレントの大河内志保氏です。2人は1993年、新庄氏が阪神タイガースの若きスター選手だった時代に出会い、約7年間の交際を経て2000年12月に結婚しました。
その後、メジャーリーグ(MLB)への挑戦という無謀とも言われた大勝負を、大河内氏は専業主婦として献身的に支え続けました。アスリートの食事管理を徹底するため調理師免許や利酒師の資格を取得し、ニューヨーク・メッツやサンフランシスコ・ジャイアンツでの躍進を陰で支えた姿は、当時「理想の夫婦像」としてメディアでも称賛を集めました。
しかし、現役引退後の2007年12月、2人は電撃離婚を発表します。その別れの引き金となったエピソードは、新庄氏自身がテレビの特番や自著で包み隠さず明かしたことで日本中に衝撃を与えました。
CM撮影で訪れたインドネシア・バリ島の夕日と澄み切った空気に心を奪われた新庄氏は、その夜、日本にいる大河内氏へ「今日から俺、ここに住むから離婚しよう」とメールを送信したといいます。常識では計り知れない一方的な通告に思えますが、この背景には新庄氏が抱えていた深刻な金銭被害と、極度の精神的プレッシャーが存在していました。
当時の報道や本人の告白によると、信頼して資産管理を任せていた知人実業家による巨額の資金流出トラブルが発覚し、現役時代に稼ぎ出した約44億円にのぼる資金のうち、大半を失う事態に直面していました。口座残高が激減した現実に直面した新庄氏は、「自分の人生を一からリセットしなければならない」という強烈な衝動に駆られていたのです。大河内氏を巻き添えにしたくないという無意識の防衛本能と、一切のしがらみを捨てて裸一貫で生きたいという欲求が、あの突発的な離婚通告へと結びついたと分析されています。
大河内志保氏も後に手記やインタビューで当時の心境を振り返っており、「彼は一つの場所に留まることができない人。私を縛り付けたくないという優しさでもあった」と語っています。泥沼の裁判や憎しみ合いに発展することなく、財産分与を整えて円満に離婚に至った事実は、2人の間に築かれた深い信頼関係を証明しています。