坂上忍の子役時代を語る上で避けて通れないのが、実父が残した巨額の借金問題です。勝新太郎に憧れ、文学や映画の世界に傾倒していた実父は、出版社経営の失敗やギャンブル、さらには知人の連帯保証人になったことなどが重なり、当時の金額で約1億円という天文学的な負債を抱え込みました。
家庭環境は急速に崩壊し、両親はやがて離婚。しかし、実父が姿を消した後も、借金の取り立ては坂上忍と母親、兄が暮らす自宅に容赦なく押し寄せました。当時の手記や告白番組でも明かされている通り、深夜の激しいドアのノック、脅迫まがいの怒号、さらには学校や撮影スタジオにまで強面の取り立て屋が姿を現す日々が続きました。
「自分が稼がなければ、母親と兄が生きていけない」――。わずか10歳前後の少年が背負うにはあまりにも過酷な現実でした。学校に行けば「テレビに出ている生意気な奴」として陰湿ないじめに遭い、暴力や机への落書きに耐える日々。家に帰れば借金取りの恐怖に震え、現場に行けば大人の都合で働かされる。坂上にとって、芸能界は夢を追う場所ではなく、家族を守るための「戦場」に過ぎませんでした。
そのため、中学卒業を控えた15歳の時、坂上は「もう普通の生活に戻りたい」と強く願い、芸能界の引退を決意します。高校へ進学し、芸能活動から距離を置こうと試みたのです。しかし、現実の借金は少年のささやかな希望を許しませんでした。莫大な元本と毎月膨らむ金利を返済するためには、サラリーマンの初任給をいくら積み上げても追いつかず、彼に残された唯一の対抗手段は「俳優・坂上忍」として高額のギャラを稼ぎ出すことだけでした。
高校を中退し、借金完済のためだけに芸能界への復帰を強いられた坂上は、自嘲的な思いを抱えながら再びカメラの前に立ちました。1983年の映画『ションベン・ライダー』などに出演し、若手実力派俳優として確固たる地位を築いていきます。そして20代後半、約10年以上の歳月をかけて、ついに1億円を超える借金をすべて自力で完済。彼が手に入れたのは、莫大な富ではなく、青春のすべてを犠牲にして勝ち取った「自由」でした。