メディア露出の多い知識人である以上、世間の評価は常に賛否両論に揺れるのが常です。ネット空間やSNS、読書コミュニティでの反応を精査すると、片山杜秀 評判とネットの反応には極めて特徴的な二面性が浮かび上がってきます。
まず圧倒的多数を占めるのは、その知識の深さと語り口の中毒性に圧倒されたファンからの絶賛の声です。
「土曜の夜に『クラシックの迷宮』を聴きながら作業しようとしても、トークの情報密度が高すぎて手が止まってしまう」「政治学の本なのに、まるで上質なサスペンス小説を読んでいるかのようにページをめくる手が止まらない」「伊福部昭の音楽を軍国主義と北方民族の民俗学から読み解く視点は片山杜秀にしか書けない」といった、知的好奇心を極限まで刺激されたユーザーの投稿がX(旧Twitter)や読書メーターに溢れています。
一方で、一部のライト層からは困惑や戸惑いの声が上がることも事実です。「知識量が多すぎて、昭和史や音楽理論の前提知識がないと話のスピードについていけない」「普通のクラシック番組だと思って聴いたら、重苦しい軍歌や不穏な交響曲ばかり流れて面食らった」「熱量が凄まじすぎて聴き終えたあとに知的な疲労感が残る」といった意見も見受けられます。
万人受けする耳障りの良い言葉を弄するのではなく、極めて純度の高い知的探求をありのままにぶつけてくるスタイルだからこそ、熱狂的な信奉者を生むと同時に、手軽さを求める層をふるい落とす結果を生んでいると言えます。