本作を語る上で欠かせない最大の謎が、比奈子が肌身離さず持ち歩き、あらゆる料理に異常な量でふりかける「七味唐辛子の缶」です。SNSでも長年議論の的となってきた藤堂比奈子 七味とうがらしの真相は、彼女の内面に深く刻まれた「母の呪縛と救済」に直結していました。
比奈子は幼少期から他者への共感性が著しく欠如しており、痛みや悲しみといった人間の基本的な情動を実感することができませんでした。そんな娘の異常性を察知した亡き母・香織(麻生祐未)は、「進め、比奈ちゃん」という言葉とともにその七味缶を遺します。比奈子にとって激辛の刺激を舌に与える行為は、単なる味覚の嗜好ではなく、「肉体的な強い痛みと刺激を通じて、自分が今ここに生きていることを辛うじて確かめる」という自傷行為に極めて近い代償行為だったのです。同時に、母の言葉は「人殺しになる一歩手前で正気を保て」という抑止の戒めでもありました。
そして迎えたドラマON最終回ネタバレ結末では、比奈子の精神的境界線が極限まで試されることになります。脱走した連続殺人犯・真壁都夜(佐々木希)と廃墟で対峙した比奈子は、自らの「人を殺してみたい衝動」を執拗に煽られます。都夜にナイフを向け、殺人の一線を越えようとしたその瞬間、駆けつけた東海林が比奈子の手首を力任せに掴み、「お前はこっち側の人間だ! 絶対に行かせねえ!」と絶叫します。
東海林の必死の制止によって比奈子は踏みとどまり、殺人の境界線を越えることはありませんでした。事件解決後、比奈子は七味缶の蓋を静かに閉じ、自身の歪んだ衝動を自覚しながらも、あくまで「法と正義の側で怪物を狩る刑事」として生きていく決意を固めるという、ビターでありながら希望を残す鮮烈な幕切れを迎えました。
ドラマON原作小説 内藤了の『猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』シリーズ(KADOKAWA)と比較すると、原作の比奈子はより冷徹で淡々としたパーソナリティを保ち続けていますが、ドラマ版では「人間性を獲得しようともがく孤独な魂の救済」というドラマツルギーが前面に押し出されており、映像作品として見事な着地を見せました。