平石洋介という男の原点は、高校野球の聖地・甲子園での伝説的な激闘にあります。PL学園高校時代には主将を務め、1998年夏の甲子園準々決勝・横浜高校戦において、松坂大輔投手と延長17回の死闘を繰り広げました。自身は怪我によりスタメンを外れながらも、ベンチ最前列から声を枯らしてチームを鼓舞し、相手バッテリーの配球や癖を見抜いて攻略の突破口を開いたエピソードは語り草です。
その後、同志社大学に進学して関西学生野球連盟でベストナインを獲得。名門社会人チームのトヨタ自動車でも主将を務め、卓越したリーダーシップでチームを牽引しました。2004年のドラフト会議にて、新規参入球団であった東北楽天ゴールデンイーグルスから7巡目指名を受けてプロ入りを果たします。
プロ通算の現役成績は実働8年間で打率.215、183安打、4本塁打と、決して派手な数字ではありませんでした。しかし、一塁・外野をこなすユーティリティー性と勝負強い打撃、そして誰よりもチームのために身を粉にして戦う献身的な姿勢で、創成期のイーグルスを支え続けました。