天の逆鉾を語るうえで絶対に外せない歴史的事件が、幕末の志士・坂本龍馬による「逆鉾引き抜き事件」です。慶応2年(1866年)、京都・寺田屋事件で深手を負った龍馬は、西郷隆盛らの勧めにより、妻のお龍(楢崎龍)を伴って薩摩の温泉地へと湯治に赴きました。これが現在、「日本初の新婚旅行」と語り継がれている旅です。
霧島の温泉で傷を癒やした龍馬とお龍は、連れ立って高千穂峰への登頂を試みました。険しい火山岩の急斜面を登りきり、山頂に到達した龍馬の眼前に現れたのが、岩肌に刺さる神聖な天の逆鉾でした。当時、神仏への崇敬が絶対であった時代において、神域の御神体を素手で触ることすら重罪とみなされていました。しかし龍馬は、その鉾にあっさりと手をかけ、力任せに引き抜いてしまったのです。
この驚天動地の行動は、龍馬が郷里・土佐の姉である坂本乙女に宛てた手紙にユーモアたっぷりに書き残されています。手紙には、「山頂に天邪鬼(あまのじゃく)のような顔をした鉾が刺さっていたので、お龍と一緒に引き抜いて見物し、大笑いした」という趣旨の記述があり、自筆のイラストまで添えられていました。天下の御神体を前にしても迷信や形式主義に縛られず、己の好奇心に従って行動する龍馬の破天荒な気質が浮き彫りになった瞬間でした。