2011年8月23日夜、吉本興業東京本部で行われた緊急記者会見。ハンカチで汗をぬぐいながらカメラの前に現れた島田紳助氏は、「芸能界で一番重い罪は嘘をつくこと。自ら引退を申し出た」と語り、芸能活動からの即時引退を宣言しました。トップ司会者が不祥事の調査期間を置くこともなく、会見当日に即日引退するという異例の展開は、日本中に凄まじい衝撃を与えました。
会見で明かされた直接の理由は、指定暴力団関係者との交際でした。発端は十数年前、紳助氏がテレビ番組内での発言を巡って右翼団体から激しい街宣活動を受けたトラブルに遡ります。精神的に追い詰められた紳助氏は、元プロボクシング世界王者の渡辺二郎氏(後に組織犯罪処罰法違反等で有罪判決)を通じて暴力団幹部に仲介を依頼し、事態を沈静化させました。紳助氏本人は「自らの窮地を救ってもらった恩義がある」として、その後も間接的な接触を続けていたと釈明しました。
しかし、捜査関係者の証言や当時の報道資料によると、事態は単なる儀礼的な付き合いにとどまりませんでした。大阪府警が別の事件で押収した携帯電話の電子データから、紳助氏と暴力団幹部との間で日常的な親密さをうかがわせる数十通に及ぶメールのやり取りが発覚したのです。そこには個人的な相談事や金銭・不動産取引に関わる示唆など、法的に深刻視されかねない文面が含まれていました。
折しも2011年は、全国の自治体で「暴力団排除条例」の整備が急速に進められていた画期でした。反社会的勢力との関係遮断を強く求められる中、上場企業の傘下に入りコンプライアンス改革を急いでいた吉本興業にとって、証拠が存在する親交関係を看過することは不可能でした。事務所首脳から証拠を突きつけられた紳助氏は、事実関係を認めた上で、自ら即日引退という「不可逆的な幕引き」を選ばざるを得なかったのが真相です。