宮本佳長氏の生い立ちは、昭和から平成の政界史の裏側で起きた劇的な人間ドラマそのものです。1982年、父・小泉純一郎氏と母・宮本佳代子氏が離婚した際、佳代子氏は妊娠6ヶ月でした。翌1983年1月に誕生した佳長氏は、生まれた瞬間から父や兄たちと離れ離れとなり、母の手ひとつで育てられることになります。
母の宮本佳代子氏は、大手製薬会社エスエス製薬の創業者一族の出身であり、青山学院大学在学中に純一郎氏とお見合い結婚した経歴を持ちます。離婚後は生後間もない佳長氏を抱え、三井不動産の関連グループ企業で宅地建物取引士の資格を取得し、トップセールスウーマンとして働きながら女手一つで息子を育て上げました。
佳代子氏が執筆した手記やインタビュー記事によると、教育方針は極めて自立心を重んじるものでした。「父親が有名人であっても、あなた自身の足で立ちなさい」「努力だけは誰も奪うことができない」という母の強い信念のもと、佳長氏は次のような国際色豊かな学歴を歩みました。
- 中学校時代:都内私立中学校を卒業後、広い視野を身につけるため海外留学を決意。
- 高校時代:アメリカ・テネシー州のハイスクールへ単身留学。ネイティブレベルの英語力を習得。
- 大学時代:帰国後、京都外国語大学外国語学部中国語学科へ進学。急速に存在感を増していた中国市場を見据え、中国語を専攻しトリリンガルとなる。
母・佳代子氏が不動産業界でプロフェッショナルとして道を切り拓いた背中を見て育った佳長氏が、同じく不動産業界を志したのは自然な流れでした。親の七光りに一切頼らず、語学と専門知識という自らの武器を磨き上げた経歴は、彼の強靭な自立心の表れです。