故事成語としての歴史を持つこの言葉を、現代のポップカルチャーにおいて広く浸透させたのが、吾峠呼世晴氏による漫画『鬼滅の刃』です。劇中において、主人公の竈門炭治郎(かまど・たんじろう)が操る「水の呼吸」の技体系の中で、「伍ノ型 干天の慈雨(ごのかた かんてんのじう)」として登場しました。
本作においてこの技は、極めて特異な位置づけを与えられています。通常、鬼殺隊の剣技は敵を討ち滅ぼすための破壊的な斬撃ですが、伍ノ型は「斬られた者にほとんど苦痛を与えず、優しい雨に打たれるかのように穏やかに絶命させる慈悲の剣撃」として設定されています。しかも、「相手が自ら首を差し出したときにのみ使う」という厳格な発動条件を持ちます。
那田蜘蛛山編において、偽りの家族関係と暴力に怯え、自ら死を望むように両手を広げた「母蜘蛛」に対し、炭治郎は空中で激痛を伴う「壱ノ型」から瞬時に「伍ノ型」へと技の軌道を切り替えました。この演出は、単なるバトルアクションの枠を超え、敵の背後にある悲劇性や苦悩を受け止める「他者理解の極致」として、ファンの間で絶賛を浴びました。
心理学的な観点から見れば、母蜘蛛にとって炭治郎の刃は「死による処刑」ではなく、地獄のような支配と苦痛の日々から解放してくれる「待望の救済」そのものでした。過酷な渇き(虐待と絶望)の中にあった魂に、静かに降り注ぐ恵みの雨――。「干天の慈雨」という故事成語が持つ原義の詩情と倫理観が、主人公の比類なき優しさと見事に調和した屈指の名シーンと言えます。