7月30日の出来事を語る上で風化させてはならないのが、日本の安全保障と交通行政に決定的な影響を与えた7月30日の歴史的事件・事故です。1971年7月30日、岩手県雫石町上空で全日本空輸のボーイング727型機と航空自衛隊のF-86F戦闘機が空中衝突し、乗客乗員162名全員が犠牲となった「全日空機雫石衝突事故」が発生しました。この惨事を機に、自衛隊機と民間機の訓練空域の明確な分離や航空管制システムの抜本的改革が断行されました。
一方、1978年7月30日には、戦後の米国統治下で右側通行となっていた沖縄県において、対面交通を一斉に本土と同じ左側通行へと変更する「ナナ・サン・マル(730)」作戦が実行されました。数千人の作業員と警察官が徹夜で道路標識や信号機を切り替えたこの大規模プロジェクトは、戦後処理と地域社会の統合を象徴する歴史的転換点として語り継がれています。