日本中を震撼させた年金記録問題の引き金を引いたのは、2007年2月の衆議院予算委員会でした。当時、野党議員として追及の先頭に立ち「ミスター年金」と呼ばれた長妻昭衆議院議員が、政府の公的データを丹念に突き崩し、「基礎年金番号に統合されていない持ち主不明の記録が約5095万件存在する」事実を白日の下に晒したのです。
なぜこれほど天文学的な数の記録が宙に浮いてしまったのか。最大の構造的要因は、1997年(平成9年)1月に行われた「基礎年金番号」の導入と名寄せ作業の不手際にあります。
それまで日本の公的年金は、国民年金、厚生年金、共済年金ごとに異なる記号番号で別個に管理されていました。転職や結婚で姓が変わるたびに新たな年金手帳が発行され、1人の国民が複数の手帳・番号を所持する事態が常態化していたのです。国はこれらを一元管理すべく基礎年金番号を導入しましたが、当時の旧社会保険庁が行った統合処理は極めて杜撰でした。
氏名の漢字表記の揺れ(旧字体・新字体)、生年月日の入力誤り、カタカナ読みの不一致、さらには結婚前の旧姓記録の放置など、機械的な照合で弾かれた約5000万件のデータが、誰の番号にも紐付けられないまま「宙に浮いた年金記録」として放置され続けました。現場職員の手記や内部告発によれば、当時の社会保険庁内では「エラーが出ても手作業で追跡照会する手間を惜しみ、未処理のまま放置することが常態化していた」という実態が浮き彫りになっています。