斎藤道三の真相|美濃の蝮が仕掛けた下剋上と親子二代説の全貌

斎藤道三の真相|美濃の蝮が仕掛けた下剋上と親子二代説の全貌

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斎藤道三を語る上で外せないのが「美濃の蝮(マムシ)」という強烈な異名です。この呼び名の由来は、マムシが親の腹を破って生まれてくる(※実際には卵胎生のため、腹から直接幼蛇が出てくる様子がそう誤認された)という当時の俗説に由来します。

道三は自らを取り立ててくれた恩人である長井長弘を殺害し、さらに美濃の正統な支配者であった守護・土岐頼芸(とき よりなり)を後ろ盾にしながら、最終的には頼芸自身を尾張へと追放しました。恩顧を受けた主君や後ろ盾を次々と蹴落とし、美濃の守護代である「斎藤」の名跡を奪取したその苛烈な手法が、同時代の人々に「親を食い殺す蝮のようだ」と恐れられたのです。

しかし、道三の権謀術数は単なる残虐行為の連続ではありませんでした。道三は金華山の山頂に聳える稲葉山城(後の岐阜城)を大改修し、難攻不落の要塞へと仕立て上げると同時に、城下町である井口(現在の岐阜市)に商人を集住させ、経済特区としての基盤を整えました。

NHK大河ドラマ『麒麟がくる』で本木雅弘が演じた道三像は、まさにこの冷徹なリアリストとしての側面と、旧態依然とした秩序に縛られる美濃を富国強兵によって守ろうとする苦渋の指導者像を見事に体現し、歴代大河ファンやSNS上でも「これまでの単なる悪党像を覆す最高の道三」として絶賛を浴びました。道三の苛烈さは、私利私欲のためだけでなく、戦国という弱肉強食の時代を生き抜くための徹底した合理的判断の産物でもあったのです。

前田 葵
著者

前田 葵

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。