大阪ミナミにおけるGapの歴史を語る上で欠かせないのが、かつて御堂筋の交差点角に構えていた「Gapフラッグシップ心斎橋」の記憶です。ランドマークとして君臨した同店が一度幕を閉じた後、地元ファン待望の形で2018年11月22日、心斎橋筋1丁目(大丸心斎橋近くの和光ビルB1F〜2F)に「Gap/Gap Kids 心斎橋店」がオープンした際は、商店街振興組合の記録にも残るほど街全体が歓迎ムードに包まれました。メンズ、ウィメンズからベビーまでを網羅し、ユーザー評価でも3.9点の高水準を獲得していた人気店が、なぜ再び撤退へと舵を切らざるを得なかったのでしょうか。
取材によって浮き彫りになったGapストア心斎橋店 閉店理由の第一の要因は、心斎橋筋商店街特有の「過熱した不動産賃料」と「インバウンド需要の乱高下」です。2010年代後半、心斎橋は訪日外国人観光客による爆買いの震源地となり、坪単価が銀座に匹敵する水準まで跳ね上がりました。この現象は不動産オーナーの強気な賃料設定を招き、路面店ビジネスの固定費を極限まで押し上げました。
さらに見逃せないのが、1969年にサンフランシスコで創業して以来、世界基準のカジュアルウェアを牽引してきた米Gap本社が推し進める世界規模の店舗構造改革です。当時の米国本社IR資料およびアパレル業界の分析レポートによると、ブランド側は採算性の低い大都市圏の大型路面店を縮小し、ファミリー層が集客しやすい郊外型ショッピングモールやアウトレットモール、そして自社ECストアへ投資を集中させる方針を鮮明にしていました。こうした世界戦略の波と、ミナミの家賃高騰というローカルな課題が衝突した結果、Gapストア心斎橋店 撤退の経緯が決定づけられたと結論づけられます。