岸信介は何をしたのか?昭和の妖怪と呼ばれた首相の功罪と歴史の真相

岸信介は何をしたのか?昭和の妖怪と呼ばれた首相の功罪と歴史の真相

岸信介は何をしたのか?昭和の妖怪と呼ばれた首相の功罪と歴史の真相の重要なポイントについて、最新情報を取りまとめてご紹介します。

岸信介という政治家を客観的に評価するためには、安保改定という華々しい激動の裏で行われた内政政策や統治機構の変革にも目を向ける必要があります。当時の公的統計および歴史的データに基づき、その主要な実績と課題を比較検証します。

項目詳細・数値データ一般的な基準・相場編集部の見解・評価日米安保条約改定(1960年)不平等条項を全廃、条約期限(10年)を設定。国会周辺デモ参加者はピーク時で1日約33万人(主催者発表)。講和直後の従属的防衛協定(米軍の防衛義務なし)からの脱却。【大功績・大混乱】実質的な対等化を達成したが、強行採決が議会制民主主義の正当性を大きく毀損した。社会保障制度の創設(1959〜1961年)国民健康保険法および国民年金法を制定。1961年の「国民皆保険・皆年金」体制の基盤を完成。当時、農民や自営業者など国民の約3分の1(3000万人以上)が無保険状態。【極めて高い内政功績】タカ派と評されながらも、戦前の社会局官僚の人脈を生かし、世界最高峰の福祉基盤を整備した。労働・生活水準の向上(1959年)最低賃金法を制定。岩戸景気下での年平均実質GDP成長率10.5%を記録。それまでは個別企業の労使合意任せで、低賃金労働が常態化していた。【堅実な成果】高度経済成長期の本格的な幕開けを制度面から支え、中間層の形成に寄与した。55年体制の創出(1955年)保守合同で自由民主党を結成。自民党初代幹事長として単独過半数(衆議院299議席)を統率。保守乱立による政局不安定から、自民党対社会党の安定した二大勢力構造へ移行。【権力の制度化】その後の38年間に及ぶ一党優位体制を確立した一方、派閥政治と金権体質の温床を生んだ。警察権力強化の試み(1958年)職務質問や予防拘禁の権限拡大を目指した警察官職務執行法(警職法)改正案を提出するも廃案。治安維持法復活への警戒感から、400万人規模の全国統一ストライキが発生。【政治的失策】国民的な「警察国家復活」への不信感を決定づけ、のちの60年安保闘争への導火線となった。
林 結菜
著者

林 結菜

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。