なぜNyではない?米国首都ワシントンD・C誕生と決定の真相

なぜNyではない?米国首都ワシントンD・C誕生と決定の真相

なぜNyではない?米国首都ワシントンD・C誕生と決定の真相について徹底解説いたします。専門家の見解をご覧ください。

アメリカ合衆国の首都が現在の地に定着するまでには、めまぐるしい移転の歴史が存在します。独立戦争期から合衆国憲法制定前後にかけ、議会機能は戦況や情勢に応じて各都市を転々としました。

独立宣言が署名された歴史的拠点であり、連邦議会が長く置かれたのはペンシルベニア州のフィラデルフィア(旧首都)でした。しかし、1783年6月に起きた「ペンシルベニア兵士暴動」が歴史を大きく揺るがします。給与未払いに怒った元軍人たちが議事堂を取り囲んで抗議行動を起こした際、ペンシルベニア州政府は連邦議会の保護要請を拒否しました。州警察の動員を断られた議員たちは自力でニュージャージー州プリンストンへと命からがら逃げ延びる屈辱を味わいます。このトラウマから、「いかなる既存の州政府にも生殺与奪の権を握られない、連邦政府独自の直轄地が必要である」という強烈な共通認識が合衆国憲法第1条第8節に刻まれることになりました。

合衆国憲法批准後の1789年、初代大統領ジョージ・ワシントンの就任式はニューヨークのフェデラル・ホールで執り行われ、ニューヨークが事実上の初代首都として稼働しました。しかし、前述の「1790年の首都立地法(Residence Act)」に基づき、新首都建設までの10年間の暫定首都としてフィラデルフィアへ一時移転。そして1800年、第2代大統領ジョン・アダムズの時代に、建設途中の新首都「ワシントンD.C.」へと政府機能が正式に完全移転したのです。

松本 悠斗
著者

松本 悠斗

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。