診断が下されてからのアリの闘病生活は、まさに自身の尊厳をかけたもう一つのタイトルマッチでした。時間の経過とともに、手足の震え(振戦)、筋肉のこわばり(固縮)、動作緩慢、そして感情表現が乏しく見える「仮面様顔貌」といった典型的なパーキンソン症状が進行していきました。
かつてリング内外で言葉巧みに人々を魅了した雄弁な声は徐々に小さくなり、囁くような発声へと変化していきましたが、アリは決して自宅に閉じこもることはありませんでした。「病気は神から与えられた試練であり、自分の本当の使命を果たすための機会だ」と語り、公の場に姿を現し続けました。
その象徴となったのが、1996年アトランタ五輪の開会式です。世界中が固唾を飲んで見守る中、最終聖火ランナーとしてサプライズ登場したアリは、激しく震える右腕でトーチをしっかりと握り締め、聖火台へと火を灯しました。病に冒されながらも凛として立ち続けるその姿は、五輪史上に残る名場面として世界中の数億人に勇気を与え、パーキンソン病への偏見を打ち破る歴史的瞬間となりました。