越後屋三太夫と悪代官の構図が、半世紀以上にわたって愛され続けている背景には、日本社会特有の心理構造とエンタメの役割が存在します。
社会心理学の観点から見ると、時代劇の悪徳商人構造は「集団的カタルシス(感情の浄化)」と「心理的安全性の担保」という2つの重要な役割を果たしてきました。
庶民が日常で抱える「権力への不信感」や「不条理な格差への鬱屈」を、ドラマの中で権力者(代官)と富裕層(商人)が結託する悪として可視化します。そして物語の終盤、身分を隠していた最高権力者(水戸光圀や徳川吉宗)が印籠や上様の名のもとに一刀両断する――この絶対的な勧善懲悪のプロットが、大衆のストレスを痛快に解消してきました。
予測不可能な出来事が多い現実社会において、「最後には必ず正義が勝ち、悪巧みをした者は報いを受ける」というお約束(様式美)は、視聴者に極めて高い精神的安心感をもたらします。越後屋三太夫は、私たちが安心して正義を信じるために必要不可欠だった「愛すべき悪の象徴」だったと言えます。