SNSや文学コミュニティ、読書メーターなどの発言データを分析すると、2026年代半ばを過ぎた今でも『二十歳の原点』をきっかけに京都を訪れる巡礼者は後を絶ちません。かつて作品をリアルタイムで通過した70代の団塊世代だけでなく、就職活動や将来の選択に悩む20代前後の若者が数多く見受けられる点が大きな特徴です。
実際に現地を訪れた巡礼者たちの声からは、建物が存在しないからこその深い内省が浮かび上がってきます。
「荒神口の交差点に降り立ち、シアンクレールのあった場所から鴨川へ歩いてみた。高野悦子さんが見ていた比叡山や大文字山は、今も同じ姿でそこにある。彼女がどんな絶望と純粋さを抱えてこの道を歩いたのか、胸が詰まる思いがした」(20代・大学生の巡礼記録)
「ネットオークションで奇跡的に手に入れたシアンクレールの黄色いマッチ箱をポケットに忍ばせ、跡地のマンション前を訪れた。マッチに描かれた白い犬のイラストを見つめながら、出町柳の柳月堂でバッハを聴いた時間は、人生で最も濃密な読書体験となった」(40代・会社員)
さらに、1973年に東宝で映画化された『二十歳の原点』(大森健次郎監督、主演・大森秋子)を鑑賞した後に巡礼を行う層も目立ちます。映画版では当時の京都のリアルな街並みやデモ隊の喧騒、そしてシアンクレールを模した喫茶店のセットが見事に再現されており、映像の記憶と現在の静かな住宅街とのギャップが、時代の不可逆性を痛烈に印象づけています。