結論から明示すれば、現在日本国内で野生のヒグマ生息地として確定しているのは北海道本島とその周辺島嶼部のみです。「本州の深山で体長2メートルを超えるヒグマに遭遇した」というSNS上の証言や目撃談が定期的に拡散されますが、生物地理学および環境省のモニタリング調査において、本州以南に野生ヒグマが定着している証拠は一切確認されていません。
本州と北海道の間には、津軽海峡を境界とする動物相の境界線「ブラキストン線」が存在します。約1万5,000年前の最終氷期以降、海水面の上昇によって本州と北海道は完全に分断されました。この地理的断絶により、大型北方系哺乳類であるヒグマ(学名:Ursus arctos)は北海道に取り残され、本州以南にはより温暖な気候に適応したアジア系の中型種であるツキノワグマ(学名:Ursus thibetanus)のみが命脈を繋いできた経緯があります。
では、なぜ「ヒグマ本州生息の真相」を巡る噂が絶えないのでしょうか。その主たる要因は、東北地方などで頻発するツキノワグマの巨大個体誤認にあります。栄養状態が極めて良好なオスのツキノワグマは体重130キログラムを超え、立ち上がると成人男性を優に凌駕する威圧感を放ちます。突然の遭遇による恐怖心や興奮状態が、目撃者の記憶の中で「ツキノワグマ=小柄」「ヒグマ=巨大」という短絡的なフィルターを通し、「あれはヒグマに違いない」という誤認証言へ変貌してしまう構造が指摘されています。
化石資料を紐解けば、更新世後期の約3万年前までは本州にもヒグマが生息していた事実が学術的に証明されています。しかし、気候変動に伴う植生の変化やヒトによる狩猟圧によって本州のヒグマは絶滅しました。2026年現在、本州の山林で目撃される黒褐色の巨体は、例外なくツキノワグマの成獣です。