なぜこれほどまでに熊の目撃情報が相次ぎ、人間の居住域へ侵入するようになったのか。その要因は単一ではない。過疎化に伴う限界集落の増加と耕作放棄地の拡大により、従来は人獣の緩衝地帯として機能していた「里山」が消失したことが決定打となった。森林の管理が行き届かなくなったことで、熊にとっての生息域が実質的に居住区のすぐ近くまで広がっているのだ。
気候変動に伴うブナやミズナラなどどんぐり類の凶作も、獣たちを街へと追いやる大きな要因だ。腹を空かせた個体が餌を求め、柿の実やゴミ捨て場を目指して下山する。環境省の統計データを参照しても、年間の熊被害件数は過去の平均値を大幅に上回る危機的な水準で推移している。野生動物管理学の専門家は、人間への恐れを失った「新世代の熊」の増加を警戒する。専門研究組織である日本クマネットワークの報告によれば、一度人間の出す食べ物の味を覚えた個体は、音や光といった従来の威嚇手段に慣れ、人間の生活圏を好都合な餌場として認識し始めるという。こうして境界線は跡形もなく消え去った。