ネット上の考察コミュニティやSNSで定期的に浮上するのが、「カールじいさんは冒頭の施設入所前夜に息を引き取っており、以降の冒険はすべて天国への旅路である」というカールじいさんの空飛ぶ家 死亡説です。この都市伝説は、映画のファンタジックな展開と妙に合致する符号が多いために、まことしやかに拡散されてきました。
都市伝説の論拠として挙げられる主な要素は以下の3点です。
- 少年ラッセルは「天使」であるという説:ボーイスカウトのバッジ集めに奔走するラッセルは、カールを天国へ導く案内人(天使)であり、最後の「お年寄り手助けバッジ」は魂を昇天させるための資格を象徴しているという解釈。
- 風船で飛ぶ家は「魂の昇天」:物理法則を無視して空へと浮かび上がる無数の風船と家は、現世を離れて旅立つ霊柩車のメタファーであるという見立て。
- 目的地「パラダイス・フォール(冒険の滝)」は天国そのもの:「パラダイス=楽園(天国)」であり、雲の上にそびえ立つ幻の大地へ向かうこと自体が、他界した最愛の妻エリーとの再会を意味しているという推測。
映画を深く読み解くファンがこうした裏設定を妄想する気持ちは理解できますが、ピクサー・アニメーション・スタジオの公式見解および監督のピート・ドクター氏、共同監督のボブ・ピーターソン氏が明かした制作意図と照らし合わせると、この説は完全に否定されます。公式インタビュー資料や制作メイキングにおいて、ドクター監督は「本作の核心は、高齢者が直面する現実の孤独と、過去への執着からいかにして自分自身を解放するかという精神的再生のリアリズムにある」と繰り返し明言しています。
もしカールが最初から死んでいたとすれば、後半で彼が経験する「過去の遺品(家具や思い出の品)を自ら投げ捨てて家を軽くし、今を生きる少年ラッセルを救いに向かう」という劇的な決断の意味が崩壊してしまいます。カールは現世で血を通わせ、痛みを感じ、自らの意志で過去に別れを告げたからこそ、本作の物語は観客の胸を激しく揺さぶるのです。死亡説は魅力的なダークファンタジー的解釈ではあるものの、作品が届けるべき真実のメッセージは「残された生者がいかに前を向くか」という極めて現実的な人間のドラマにあります。