2019年に「百舌鳥・古市古墳群」がユネスコの世界文化遺産に登録された際、海外メディアから最も多く投げかけられた質問が「なぜこの偉大な文化遺産の中に入って調査・見学することが許されないのか」という点であった。三重の濠に阻まれ、一般の来訪者は南側の拝所(はいしょ)の鳥居前から遠くの森を眺めることしかできない。
この厳格な立ち入り制限の根底には、日本特有の法体系と「静穏の保持(陵墓の不可侵性)」という宮内庁の管理原則が存在する。
日本の法律上、全国に約900箇所存在する宮内庁治定の陵墓・陵墓参考地は、文部科学省が所管する「文化財保護法」に基づく国宝や史跡ではなく、国有財産法における「皇室用財産」として管理されている。すなわち、行政上は「過去の遺跡」ではなく「現役の皇室の私的・宗教的墓所」なのだ。皇室経済法に基づき、現在でも宮内庁の掌典職によって年間を通じた定期的な祭祀が厳粛に執り行われており、一般人の無断進入はもちろん、考古学者による全面的な発掘調査も「祖先に対する墓暴き」と同義とみなされ、原則として認められてこなかった。
これに対し、日本考古学協会などの研究者団体は数十年にわたり「陵墓は日本国民のみならず人類共有の歴史遺産であり、学術調査を全面公開すべきだ」と宮内庁に申し入れを繰り返してきた。しかし近年、両者の対立はゼロサムゲームから現実的な協調へと舵を切り始めている。
完全な立ち入り禁止を固守するのではなく、外周堤の崩落対策や倒木処理といった保存保全工事の一環として、外部の研究者や地元自治体(堺市)の専門職を招き入れる「共同調査」が段階的に解禁されてきたのである。文化遺産としての公開要請と、墓所としての尊厳・信仰の保護。この2つの相容れない価値観が、ギリギリの均衡を保ちながら運用されているのが現在の仁徳天皇陵の姿である。