山口智子の芸能界への第一歩は、偶然の産物ではなく「自立への強い渇望」から始まりました。栃木県栃木市で江戸時代から続く老舗旅館「鯉保(こいやす)」の長女として生まれ育った彼女は、幼少期から将来の女将(跡継ぎ)としての期待を一身に背負っていました。しかし、敷かれたレールの上を歩むことに強い違和感を抱いていた彼女は、栃木県立栃木女子高等学校を卒業後、上京して青山学院女子短期大学(家政学科)へ進学します。
東京での短大生活の中で、実家からの経済的・精神的な自立を果たす手段として見出したのがモデルの道でした。当時の取材記録や本人の回想によると、山口智子のデビューのきっかけは、スカウトを受けつつも自らモデル事務所の門を叩いたことにあります。親族からの猛反対を押し切り、「自分の力で生きていくための足がかり」としてスタートさせた挑戦でした。
当時のモデル業界は、バブル景気に向かって女性の社会進出やファッションの多様化が急速に進んでいた時代です。身長170cmという恵まれたプロポーションと、凛とした知的な顔立ち、そして何より屈託のない笑顔は、当時のオーディション現場で瞬く間に注目を集めることとなりました。