細木数子氏の過去を語る上で欠かせないのが、戦後混乱期の東京・渋谷で育ち、10代にして夜の街の頂点へと駆け上がった規格外の生い立ちです。自著や当時の関係者の証言によると、16歳で渋谷の喫茶店を任され、18歳で銀座にスタンドバー「ドル」をオープン。その後、クラブ「数子」などを次々と成功させ、弱冠20代にして政財界の重鎮や大物芸能人が集う名物ママとなりました。
テレビ特番や自伝で稀に公開された「銀座時代の若い頃の写真」は、現在でも多くの人々を驚かせています。切れ長の涼しげな目元、完璧に整った顔立ち、そして着物やイブニングドレスを着こなす抜群のスタイルは、「若かりし頃は女優顔負けの絶世の美女だった」とSNSやコミュニティサイトで度々大きなバズを巻き起こしています。
当時の彼女は単なるクラブのママに留まらず、昭和の歌姫・島倉千代子氏の莫大な借金(当時の額で十数億円規模)の肩代わりや後見人としての交渉、大物プロゴルファーや俳優の興行興隆を手掛けるなど、芸能界の裏フィクサー的な役割も果たしていました。この「美貌の夜の女帝」から、後に独自に編み出した『六星占術』の大ベストセラー(累計発行部数は1億部を突破)を経てテレビ界の女帝へ君臨するという劇的な経歴そのものが、人々に「隠された素顔や秘蔵写真があるのではないか」という強い妄想を抱かせる源泉となっています。