ここで、文学的・植物学的に極めて重要でありながら、一般には広く誤解されている決定的な盲点について言及しなければなりません。それは、日本の歌謡曲や詩に登場する「アカシア」のほぼ100%が、植物学上は「ニセアカシア(和名:ハリエンジュ)」を指しているという事実です。
植物学的な本来の「アカシア(Acacia)」は熱帯〜亜熱帯原産で、ミモザに代表される黄色い球状の花を咲かせます。一方、明治時代に北米から日本へと導入され、銀座や札幌の街路樹として植えられたのはマメ科ハリエンジュ属の落葉高木「ニセアカシア」でした。導入当初、この木が「アカシア」と呼ばれて親しまれたため、詩人・北原白秋の『この道』(あかしやの花が咲いてる)をはじめ、歌謡曲の作詞家たちも白い花を咲かせるニセアカシアを「アカシア」として作品に昇華させたのです。
「本物のアカシアではないから偽物なのか」といえば、文化的には完全に逆です。日本人が心に思い描く「白い花びら」「初夏の甘い芳香」「散り敷く舗道」という情緒的イメージは、この日本独自の受容史があったからこそ完成しました。誤認から生まれた詩情が、一国の文化遺産へと昇華した希有な事例といえます。