「身分の高い貴族の方が栄養状態が良い」という直感は、平安時代においては完全に覆されます。平安時代の貴族と庶民の食事の違いを詳細に比較すると、皮肉にも過酷な生活を送っていた庶民の食事の方が、栄養学的な観点からは理にかなっていました。
仏教の殺生禁断令の影響により、牛馬などの四足動物の肉食が公に禁じられていた平安京において、貴族が食べていた肉や魚の種類は極めて限定的でした。貴族の動物性タンパク質源は、主に干物や塩漬けにされた鮭、鯛、干アワビなどの魚介類や、キジやカモといった野鳥に限られていました。輸送技術が未熟な時代、内陸の京都へ運ばれる魚介類は防腐のために大量の塩がすり込まれており、生野菜を食べる習慣も「身体を冷やす」「下賤な食べ物」として敬遠されていました。
対照的に、農民や町衆などの庶民は、白米など口にできず、アワ、ヒエ、麦といった雑穀や玄米を主食とし、旬の野草、大根、海藻、大豆製品を副食としていました。雑穀や野草には、貴族に決定的に不足していたビタミンB群、鉄分、食物繊維、ミネラルが豊富に含まれており、重労働によって適度な運動量も確保されていたため、飢饉や疫病流行の時期を除けば、生活習慣病とは無縁の体質を維持できていたのです。