「東照宮」と聞くと栃木県の日光東照宮を連想する方が多いですが、歴史的・建築史的な位置づけにおいて、両者には明確な違いがあります。
久能山東照宮は、2代将軍・徳川秀忠の命により大工棟梁の中井正清が手がけ、わずか1年7ヶ月という驚異的な短期間で元和3年(1617年)に完成しました。本殿と拝殿を「石の間」でつなぐ「権現造(ごんげんづくり)」の発祥であり、2010年には本殿・石の間・拝殿が国宝に指定されています。日光東照宮が3代将軍・家光による「寛永の大造替」によって巨大かつ華麗な大霊廟へと変貌を遂げたのに対し、久能山東照宮は江戸初期の緊迫感と繊細な職人技が凝縮された「権現造の原点」を今に伝えています。
社殿の最大の見どころは、総漆塗り極彩色の本殿外壁に施された精緻な彫刻です。特に拝殿正面にある「司馬温公の瓶割り(しばおんこうのかめわり)」の彫刻は必見です。中国の故事に基づき、大切な瓶を割って溺れる友人の命を救った場面を描いたもので、「何よりも人命が尊い」という家康の政治理念を象徴しています。日光の華麗さに比肩する美しさを持ちながら、より家康個人の思想が濃密に刻み込まれている点が久能山の真髄です。