華々しい経歴の一方で、二宮和也は自身の少年時代に経験した陰湿ないじめの記憶を、雑誌の長期連載やインタビューで静かに告白しています。小学校高学年の一時期、上履きを隠されたり、周囲の児童から突然集団で無視されたりする標的にされた事実が存在します。
通常、思春期手前の児童がこのような排斥を受けると、登校拒否に陥るか、深いトラウマを抱えて精神的に追い詰められるケースが大多数です。しかし二宮少年の対処法は、大人びという表現すら越えた異様なものでした。彼は先生や親に涙ながらに訴えることもしなければ、怒りに任せて暴力でやり返すこともしませんでした。彼が取った行動は、「ただ静かに相手の行動を観察し、ブームが去るのを待つ」という驚くべき処世術でした。
「相手はいま、自分を無視することに夢中になっている。これは一種の流行のようなものだから、自分が激しく反応すれば火に油を注ぐ。無駄なエネルギーを使わず、彼らが飽きるまで平然と席に座っていればいい」。当時の心境を本人はそう振り返っています。自分自身を劇場型のドラマの主人公にするのではなく、客席から自分といじめっ子たちを俯瞰(ふかん)して見下ろすカメラマンのような視点を持っていたのです。
この特異な防衛機制(メタ認知能力)は、後に俳優として開花する「役柄を冷徹に客観視する演技スタイル」の揺籃となりました。名匠クリント・イーストウッド監督が「彼は類いまれな繊細さと自然体の脆さを同時に表現できる」と絶賛した『硫黄島からの手紙』における西郷伍長役の演技は、まさにこの幼少期の孤独を遠くから見つめる観察眼の延長線上に結実したものでした。