『かえり船』の誕生プロセスには、戦後歌謡史における特筆すべき巡り合わせが存在します。作詞を手掛けた清水みのるは、戦前から抒情的な詩作で高い評価を得ていた詩人であり、作曲を担当した倉若晴生は、田端の出世作『島の船唄』や『大利根月夜』を生み出した盟友でした。
興味深いことに、清水みのるが書いた原詞は、特定の引き揚げ政策や軍事的な復員を直接描写したものではありませんでした。詞に描かれていたのは、夜の海を静かに渡る一艘の船と、果てしない旅路の果てに故郷を想う漂泊の情景です。しかし、戦災によってすべてを失い、心に深い傷を負った国民の前に提示された瞬間、その抽象的な「かえり船」のイメージは、満州やシベリア、南方の戦地から帰還する「引揚船」そのものとして民衆の心の中で完全に結びつきました。
倉若晴生による短調を基調とした旋律は、従来の湿っぽい浪花節調とは一線を画し、モダンな哀愁と品格を漂わせていました。このメロディに、田端義夫ならではの独特の「節回し」と、ギターの哀切なアルペジオが組み合わさることで、救いのない絶望ではなく「生き延びて帰ってきたことへの安堵」と「失われた者への鎮魂」を同時に表現する稀代の名曲が完成したのです。