今でこそ華やかな経歴が目立つ小野田氏ですが、その半生は決して平坦なものではありませんでした。1982年にアメリカ合衆国イリノイ州シカゴで生まれ、1歳から岡山県邑久町(現・瀬戸内市)で育ちましたが、幼少期に父親が蒸発。母親の手ひとつで育てられる極貧の母子家庭生活を経験しています。
当時の手記や公式インタビューによると、水道や電気が止まるほどの困窮を経験しながらも、母親は「卑屈にならず、正しく生きること」を厳しく教え込んだと語られています。自活のために高校時代からアルバイトに励み、特待生制度を利用して拓殖大学政経学部へ進学しました。
大学時代には、その卓越したスタイルと美貌を活かして雑誌の読者モデルやブライダルモデルとして活動。当時の若い頃の写真がメディアやSNSで紹介されると、「女優レベルの透明感」「美しすぎて息をのむ」と大きな反響を呼びました。しかし、本人はモデル業に執着することなく、卒業後はゲーム制作会社(ソルトライブ)に就職。制作進行やプロモーション業務に従事するなど、自身の興味関心を軸にしたキャリアを着実に歩んでいます。