中国史上最も残酷な凌遅刑の全貌|肉を削ぐ執行手順と廃止の歴史的背景

中国史上最も残酷な凌遅刑の全貌|肉を削ぐ執行手順と廃止の歴史的背景

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凌遅刑に関しては、インターネット上や通俗的な解説書において、事実と異なるいくつかの誤解やセンセーショナルな俗説が定着しています。歴史史料に基づく客観的事実から、代表的な3つの疑問を検証します。

誤解1:「3,000回切る間、完全に意識を保たせていた」という説

明代の記録にある「3,000刀」などの数字は、判決文における形式的な象徴であり、実際には数十刀から百刀程度で大出血やショック状態に陥り、初期段階で絶命または意識不明になっていたのが現実です。劉瑾の事例でも、初日の数百刀の段階で既に絶命しており、2日目・3日目は死体に対して形式的に刀を加え続けたことが同時代の『明朝紀事本末』等に記されています。

誤解2:「苦痛を長引かせるためにアヘンを飲ませていた」という俗説

「処刑を長引かせるため、あるいは苦痛を麻痺させないためにアヘンや興奮剤を投与した」という話が散見されますが、これは清末の一部の証言が歪曲されたものです。実態は逆で、死刑囚の家族が処刑人に高額の賄賂を渡し、苦痛を和らげるためにアヘンを吸わせたり、最初の数刀で急所(心臓)を深く突いて素早く絶命させてもらう「情けの取引」が行われていました。賄賂が払えない受刑者に対してのみ、処刑人は儀式通りに冷酷な手口を執行したのです。

誤解3:民衆が肉を競って買い求めて食べたという話

袁崇煥の処刑時、明の民衆は彼を「国を売った大罪人」と信じ込まされていたため、削ぎ落とされた肉を金を出して買い、生で食い千切ったという凄惨な記録が残っています。しかしこれは極端な政治的熱狂と憎悪が引き起こした特異な事例であり、通常の凌遅刑で日常的に人肉食が行われていたわけではありません。通常、削がれた肉片は籠に集められ、処刑後に筵(むしろ)ごと焼却・遺棄されました。

小林 直樹
著者

小林 直樹

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