多くの読者や学習者が抱く最大の疑問は、「なぜ、百戦錬磨の大盗賊である袴垂が、無防備に歩く貴族を背後から襲撃できなかったのか」という点です。作中の描写と当時の武士階層の精神構造を分析すると、そこには単なる腕力の差を超えた「心理的主導権の完全な掌握」が存在していました。
第一の理由は、「無防備に見せかけた完璧な警戒態勢(隙のなさ)」です。保昌は背後から殺気立つ盗賊が忍び寄っていることを完全に察知していながら、歩調を緩めず、笛の調べを乱すこともありませんでした。動揺や焦りが一切ないその態度は、袴垂にとって「こちらの動きをすべて見透かされている」「間合いに入った瞬間に一撃で斬り伏せられる」という強烈な予感を生じさせました。
第二の理由は、「心理的バウンダリー(境界線)による威圧」です。現代の心理学においても、恐怖を露わにせず泰然自若としている相手に対して、攻撃者は本能的なリスクを感じて行動を抑制される現象(認知的圧倒)が知られています。袴垂が距離を詰めるたびに、保昌は歩みを止めることなく振り返るだけで、その射すような眼光と研ぎ澄まされた気迫によって、袴垂の戦意を根底から挫いたのです。
第三の理由は、「藤原保昌という人物が帯びる武士としての格」です。保昌は藤原南家の貴族でありながら、源頼光や平維茂らと並び称された「道長四天王」の一人。百戦錬磨の武人としてのオーラを放っており、闇討ちで小遣い稼ぎをする盗賊とは背負っている覚悟の桁が違っていました。襲う側の袴垂がいつの間にか「狩る側」から「掌の上で転がされる側」へと立場を逆転させられた瞬間でした。