日本における男性同性愛の歴史は極めて古く、中世の寺院における稚児愛や戦国武将の衆道(しゅどう)を経て、江戸時代には陰間茶屋と若衆歌舞伎を中心とする一大都市文化へと発展しました。
元服前の美少年(若衆)が舞台に立ち、客に色情を売った「若衆歌舞伎」では、大人の男性である「念兄(ねんけい)」と少年の「念弟(ねんでい)」という明確な上下・役割分担が存在していました。この時代、受動側の少年たちは舞台上で女性役を演じる「女形(おやま)」の役割も兼ねていたため、男色文化における受け手は長らく「おやま」と呼ばれていました。
事実、1970年代に創刊された日本初の商業ゲイ雑誌『薔薇族』や『さむらい』の初期小説・手記を確認すると、受動側の男性を「おやま」と記述している実例が頻繁に見られます。当事者の証言によると、1970年代半ばから1980年代にかけて、大衆的な歌舞伎用語のニュアンスが薄れ、より口語的でポップなゲイ用語の歴史のなかで「おやま」から「ネコ」への完全な置き換わりが起きたとされています。
タレントのミッツ・マングローブ氏も自著や連載コラムにおいて「ネコと呼ばれる理由」について言及しており、「抱く側の立ち役に対して、抱かれる側が身体を丸めて受け入れる姿や、どこか気まぐれで掴みどころのない性質が、路地裏の野良猫の生態と見事に重なったのではないか」という当事者ならではの鋭い身体感覚を語っています。