物語の舞台は、主人公の作家・佐野が過ごす日常である。しかし、その平和な景色は突如として異様なルールに支配される。作中から「あ」の文字が消滅した瞬間、世界からは「愛」や「青」といった「あ」を含むあらゆる存在が跡形もなく消え去るのだ。食べ物、家具、さらには身近な人物の存在までもが、名前を構成する文字の消失とともに人々の記憶と現実から消去されていく。
筒井康隆が提示したこの設定は、単なる言葉遊びの領域を遥かに凌駕している。文字が減るにつれて使用できる語彙が急速に奪われ、文章は歪み、語り手である佐野の思考そのものが窮地に追い込まれていく。世界が崩壊する恐怖というよりも、思考を形作る基礎である「言語」そのものが侵食されていくじわじわとした絶望感が、読者の精神をじわじわと追い詰めていくのだ。