口噛み酒の歴史は極めて古く、穀物栽培が定着した縄文時代後期から弥生時代にかけてすでに原型が存在していたと考えられています。文字資料として明確に確認できる日本最古の記録は、奈良時代初期(713年頃)に編纂された『大隅国風土記』の逸文です。
同書には、大隅国(現在の鹿児島県東部)の風習として次のような記述が残されています。
「村中の男女が集まり、生米を噛んで容器に吐き入れ、一晩以上置いて酒の香りが漂ってきたところでこれを飲む。これを口噛の酒と名付ける」
また、民俗学・神道史の研究においては、口噛み酒の醸造を担うのは「巫女(みこ)」や「処女(きよらかな乙女)」に限られていた地域が多いことが判明しています。古代の日本や琉球弧(沖縄・奄美)、アイヌ民族の儀礼では、女性の持つ生命力や呪術的純潔性が神への供物を清浄に保つと信じられていました。沖縄の八重山諸島や宮古島などでは、大正時代から昭和初期に至るまで、神職の女性(ツカサ)が神事のために口噛み酒(ウンサクやミシャグと呼ばれる神酒の原液)を仕込む風習が民俗調査によって記録されています。