山尾志桜里氏の政治キャリアは波乱に満ちていた。衆議院議員として国会答弁で見せた鋭い追及力は「検事出身」の異名に恥じぬ切れ味を誇り、一時は野党躍進の象徴として脚光を浴びた。しかし、立憲民主党からの離党、そして国民民主党への入党と離党を繰り返す過程で、彼女の政界における立ち位置は激変していく。党派にとらわれない独自のポリシーを貫く姿勢は、一部から強い支持を集める一方で、既存の党組織との軋轢を生む要因ともなった。
国政の渦中にあった山尾氏を、政策と法律の両面から支え続けたのが弁護士の倉持麟太郎氏だった。衆議院時代、特に憲法論議や皇室問題に関する法理論の構築において、倉持氏の存在は不可欠であったと言える。党派を超えた憲法議論の必要性を訴え続けた二人のアプローチは、政界を退いた現在もその論理的骨格を変えていない。