今なぜ、この現実離れした構想が永田町で急浮上しているのでしょうか。真相を探ると、衆議院過半数割れによる政局の麻痺という逃れられない現実が浮かび上がってきます。
単独あるいは既存の連立の枠組みでは予算案ひとつ通すのにも野党の協力が不可欠となり、その都度行われる政策ごとの部分連合(パーシャル連合)は、合意形成に膨大なコストと時間を費やします。首班指名選挙や重要法案の採決のたびに繰り広げられる綱引きに、政権与党は疲弊しきっています。この慢性的な機能不全を根底から打ち破る劇薬として、二大勢力の合体というシナリオが永田町の長老や一部幹部の間で真剣に検討されるに至ったのです。
水面下で噂される決定的な理由はもうひとつあります。それは社会保障改革や財源確保といった「痛みを伴う改革」の政治責任の分散です。人口減少と少子高齢化が限界点に達する中、国民に負担を強いる政策は一政党だけでは選挙での致命傷になりかねません。「国家の危機」を大義名分に主要政党が手を組めば、責任を共有しながら政策を強行できる――。政界中枢のこうした思惑こそが、大連立構想が幾度となく蘇る本音の動機といえます。