本施設を世界的な建築・アートの傑作たらしめているのは、建築家・三分一博志氏による徹底した環境物理学のアプローチと、現代美術家・柳幸典氏が挑んだ国家論・文明批評の壮絶なコラボレーションです。両者の仕事が見事に融合した見どころの要点を紐解きます。
三分一博志の環境建築:化石燃料を使わない自然共生型モニュメント
建築家・三分一博志氏は、犬島に残された地形、風、太陽光、そして遺構自体の熱容量を綿密に実測調査し、空調設備に一切の電力を頼らない完全自然エネルギー循環型建築を実現させました。館内では、遺構のシンボルである大煙突が持つ「チムニー効果(煙突効果)」を利用して内部の空気を引き抜き、地中熱で冷却された外気を取り込む重力換気システムが構築されています。
壁面には蓄熱性に優れた銅スラグ煉瓦が再利用され、昼夜の温度差を自然に吸収・放出します。さらに、美術館から排出される汚水は植物(ススキやビオトープ)による自然浄化システムで処理され、海へと還されます。建築自体が地球の循環系の一部として呼吸しており、鑑賞者は展示室内を進むだけで、肌を撫でる気流や温度勾配を通じて地球の物理現象を直接知覚することになります。
柳幸典のアート:三島由紀夫の言説と解体された「松濤の家」
美術館内部に展開される柳幸典氏の作品群『ヒーロー乾電池』は、日本の近代化が抱えた矛盾とアイデンティティの危機を鋭利にえぐり出します。その中核に据えられているのが、作家・三島由紀夫の存在です。柳氏は、三島が自決するまで執筆活動を行っていた東京・松濤の自邸から、解体時に遺族の許諾を得て譲り受けた建具や家具などの部材を犬島へと運搬し、美術館の空間内にワイヤーで宙吊りにして再構成しました。
頭上を見上げると、三島邸の玄関扉、窓枠、畳、机などがバラバラの状態で浮遊しており、まるで爆破された瞬間の記憶が停止したかのような錯視を与えます。さらに通路の壁面には、三島由紀夫が近代日本の喪失を告発したテキスト(『英霊の声』や『太陽と鉄』からの引用文)が黄金の文字でコラージュされ、鑑賞者の意識に強烈な問いを突きつけます。近代化を推進した精錬所の残骸のなかで、近代化の果ての精神的荒廃を警告した三島の亡霊と対話する構造は、極めて重厚な芸術的体験を生み出しています。