益岡徹の俳優人生を語る上で欠かせないのが、名優・仲代達矢が主宰する名門「無名塾」での濃密な下積み時代です。1980年に第4期生として入塾した益岡は、倍率数十倍とも言われる超難関のオーディションを突破し、役者としての第一歩を踏み出しました。
当時の無名塾といえば、徹底した基礎訓練と厳格な規律で知られ、毎朝10キロ以上のランニングや徹底した発声練習など、体育会系をも凌ぐ過酷さで有名でした。同期や前後の期には役所広司や若村麻由美など、後に日本映画界を牽引する名優たちが顔を揃えており、互いに切磋琢磨する過酷な環境が益岡の強靭な演技の土台を築き上げました。
なお、検索エンジン上で一部見られる「劇団四季出身」という噂については、劇団四季への在籍事実はなく、完全な誤解です。益岡が後年に大型ミュージカルや音楽劇で確かな歌唱力・演技力を披露したことや、無名塾と同じく厳しい規律で知られる劇団四季のイメージが一部で混同された結果と見られます。