SNSやネット掲示板では、「三輪山に呼ばれる人の特徴」や「山中で体験した不可思議な出来事」が頻繁に語られます。主な噂と体験談の背後にある構造を紐解くと、迷信だけでは片付けられない心理的・身体的要因が浮かび上がってきます。
「呼ばれる人」の言説としてよく挙げられるのは、「急に三輪山へ行く機会が巡ってきた」「前日や当日に予期せぬトラブルで行けなくなった(拒絶された)」という体験です。心理学において、これは「心理的バウンダリー(境界線)」と「意味づけ(シンクロニシティ)」の相互作用として説明できます。三輪山の持つ強い格式と禁忌の存在を無意識に察知した参拝者は、日常から非日常への移行に対して精神的な緊張状態に入ります。その結果、日常の偶然の出来事を「神からの召命や拒絶」として強く知覚するのです。
また、「三輪山がパワースポットとして怖い」と形容される最大の理由は、一般的な癒やし系スポットとは一線を画す圧倒的な「畏敬(Awe)の感情」を強制される点にあります。木々の一枝、小石ひとつ持ち出すことが許されない厳格な結界内に身を置くことで、人間は自身の小ささと自然の絶対的な存在感を突きつけられます。この畏怖の念が、一部の感受性の鋭い人にとって「怖いほどの圧迫感」として体感されるのが実態です。