田村淳の生まれ故郷である山口県下関市彦島は、関門海峡に浮かぶ周囲約20キロの島です。本土とは橋で結ばれているものの、独自の島文化と工業地帯特有の荒々しさが混在する地域でした。1973年12月、長男として生を受けた淳は、下関市立江浦小学校から下関市立文洋中学校へと進みます。
当時の家庭環境は決して裕福とは言えませんでした。父・等さんは長距離トラックの運転手として寝る間を惜しんでハンドルを握り、母・久仁子さんはパートで家計を支える日々。著書『即決力』や過去のドキュメンタリー番組でも語られている通り、少年時代の淳は決して恵まれた教育環境にあったわけではありません。しかし、母・久仁子さんの型破りな教育方針が、彼の類まれなコミュニケーション能力を磨き上げました。
近隣住民の証言によると、「淳くんは子どもの頃から人を巻き込む天才で、島の路地裏で常に仲間を率いていた」と振り返られています。過酷な労働環境にありながらもユーモアを絶やさない両親の姿を通じて、厳しい現実を笑いに変える知恵を体得していったのです。