スタンダールがなぜ本作に『赤と黒』という極めて抽象的な題名を冠したのかについては、1830年の初版刊行以来、文学界で激しい論争が続いてきました。一般に広く定着している解釈は、ナポレオン時代の栄光を象徴する軍服の「赤」と、ナポレオン失脚後の王政復古期において出世の唯一の手段となった聖職者の僧服の「黒」という対比です。
平民出身のジュリアンがナポレオンを英雄として崇拝しながらも、時代遅れとなった軍人の道(赤)を諦め、内面では軽蔑していた偽善的な教会勢力(黒)に身を投じざるを得なかった悲哀がそこにあります。しかし、研究者たちの詳細な考察と解説では、さらに踏み込んだ多層的な意味が指摘されています。
一つはカジノにおけるルーレットの赤と黒です。才気あふれる貧乏貴族や平民たちが、己の知性と美貌だけをチップにして運命の盤面に全財産を賭ける博打のイメージ。もう一つは、レーナル夫人が流した血の「赤」と、ジュリアンが羽織り続けた偽善の喪服の「黒」という、情熱と死のコントラストです。外面では慎み深い黒の僧服をまといながら、その内面には煮え立つような赤の情熱を隠し持っていたジュリアン・ソレルの二面性そのものが、この二文字に凝縮されています。