平将門の乱の全貌|なぜ新皇を名乗り討たれたのか?怨霊伝説の真相を解く

平将門の乱の全貌|なぜ新皇を名乗り討たれたのか?怨霊伝説の真相を解く

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将門の肉体は滅びましたが、その存在は死後、強大な「霊力」を持つ象徴として日本史に深く刻まれることになります。

京の都で晒された首級が、自らの胴体を求めて夜空を飛び去り、東国へ落ちたという伝承が残る地が、東京都千代田区大手町の「平将門の首塚(将門塚)」です。近代に入っても、大蔵省庁舎再建計画の際の関係者急死事故や、戦後GHQによる整地工事中の重機転倒死亡事故など、首塚を冒涜しようとすると災いが起きるという「首塚の祟り」伝説は広く信じられてきました。

しかし、現代の民俗学および宗教学の知見によれば、この「祟り」は単なる恐怖の対象ではなく、非業の死を遂げた英雄の霊を丁重に祀ることで強大な守護神へと転化させる日本独特の「御霊信仰(ごりょうしんこう)」の典型例です。

その象徴が、大手町周辺をはじめ東京の広範な地域を守護する神田明神(千代田区外神田)です。将門は神田明神の主祭神(三之宮)として祀られ、江戸時代には徳川家康が関ヶ原の戦いにおいて神田明神で戦勝祈願を行ったことから「江戸総鎮守」として崇敬を極めました。逆賊の汚名を着せられた将門は、民衆の手によって「権力に立ち向かった不屈の守護神」へと昇華されたのです。

松本 悠斗
著者

松本 悠斗

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。