「山梨県にあるのだから、県庁所在地は山梨市のはずだ」という思い込みは、日本地図を眺める多くの旅行者や学習者が一度は陥る錯覚です。しかし、実際の山梨県庁が置かれているのは、中央本線の特急停車駅であり武田氏の城下町として栄えた甲府市(こうふし)です。
この疑問を解く最大の鍵は、自治体の誕生順序にあります。歴史を逆引きすると、衝撃的な事実が浮かび上がります。現在存在する「山梨市」は、昭和29年(1954年)の昭和の大合併期に、日下部町や加納岩町など1町6村が合併して新設された市です。つまり、明治4年(1871年)の廃藩置県によって山梨県が成立した時点において、「山梨市」という都市は影も形も存在していませんでした。
県庁所在地を決める際に「山梨市にするか、甲府市にするか」という競合が起きたわけではなく、古代から中世、近世に至るまで甲斐国の政治・経済・軍事の中心地であり続けたのは紛れもなく甲府でした。後から誕生した自治体が「山梨」の名を冠したため、現代に生きる私たちが「なぜ県庁が山梨市にないのか」と順序を逆転させて捉えてしまう構造が生まれています。