高校卒業後、佐藤涼平さんは首都大学野球連盟に所属する名門・日本体育大学へ進学し、硬式野球部でさらなる高みを目指しました。
しかし、大学在学中の2011年冬、20歳という若さでこの世を去るという悲報が報じられました。将来を嘱望され、多くのファンや関係者がその後の活躍を信じて疑わなかった中での突然のニュースは、球界全体に深い悲しみをもたらしました。
当時、同期のチームメイトであった菊池雄星投手をはじめ、花巻東高校の関係者たちは深い追悼の意を示し、その魂は今もなお同校野球部の伝統として深く息づいています。「全力疾走」「泥臭く一球に食らいつく執念」という花巻東のプレースタイルには、佐藤涼平主将が遺した精神が色濃く受け継がれています。