煙樹ヶ浜を訪れた人が一様に息を呑むのは、白波の力強さと波打ち際が放つ独特の重低音です。地元・美浜町や警察、海上保安庁が「波打ち際に近づくな」と厳しく警告を発し続ける最大の要因は、沿岸の海底地形にあります。一般的な海水浴場のような遠浅の砂浜とは根本的に異なり、波打ち際からわずか2〜3歩足を踏み入れただけで水深が4〜5メートル以上、十数メートル沖では15メートル超へと一気に落ち込む「急深地形(ドン深)」を形成しているためです。
さらに恐ろしいのが、押し寄せた波が外洋へ戻る際に発生する「バックウォッシュ(引き波)」の破壊力です。煙樹ヶ浜は細かな砂ではなく丸みを帯びた玉砂利(小石)で埋め尽くされています。大波が砕けた直後、大量の海水が海底の小石を一気に巻き込みながら海中へと崩落するように引きずり下ろします。この激流に足元をすくわれると、人間は自重を支える足場を完全に失い、すり鉢の底へ吸い込まれるように引きずり込まれます。
和歌山県内の海難救助記録を振り返ると、過去に発生した重大水難事故の多くは「泳ごうとした人」ではなく、「波打ち際で足を水につけて遊んでいた観光客」や「波にさらわれた家族を助けようとして飛び込んだ同伴者」が巻き込まれた事例です。水難救助隊の元関係者は、「煙樹ヶ浜の引き波は、競泳選手であっても自力で陸へ這い上がることは極めて困難。小石ごと崩れる斜面には手足をかける場所すら存在しない」と証言しています。静かに凪いで見える日であっても、数十分に一度は外洋特有の「一発大波(セット)」が駆け上がってくるため、膝下を濡らす程度の行為すら命取りになります。