彼女の歩みを振り返る上で欠かせないのが、モデルとしてのスタートとAKB48加入時の熱狂です。2011年3月、応募総数数千人の中から「神戸コレクションモデルオーディション」でグランプリを射止めた光宗薫は、洗練されたモデル 経歴を携えて同年12月にAKB48の13期研究生としてお披露目されました。
加入直後から異次元の注目を集め、研究生の身分でありながら『週刊ヤングジャンプ』の単独表紙に抜擢されるという前代未聞の快挙を達成。瞬く間にドラマ『ATARU』へのレギュラー出演や各種メディアのグラビアを席巻しました。しかし、あまりにも急速な環境の変化と過熱する世間のプレッシャーは、彼女の心身に過大な負荷をかけることとなります。
2012年秋にグループ活動を辞退した後は、モデル・女優として活動を継続していたものの、2017年には摂食障害や強迫性障害などによる体調不良を公表し、芸能活動の休止を発表しました。関係者の証言や当時の手記において語られているのは、「周囲が求める光宗薫像」と「生身の自分自身」との間に生じた激しい乖離でした。しかし、この沈黙の休養期間こそが、彼女が自身の内面世界と深く対話し、絵画という天性の表現手段を極める充電期間となったのです。
2026年以降、自らのペースを守りながら活動を再開させた彼女は、プレッシャーから解放された自然体の笑顔と、研ぎ澄まされた美しさを携えて表舞台へ戻ってきました。