森進一(本名・森内一寛)の生い立ちは、決して恵まれたものではなかった。幼少期に両親が離婚し、母親は女手一つで3人の子供たちを育て上げようと奮闘した。鹿児島から沼津、そして下関へと転々とする生活の中で、日々の食費すら事欠くほどの極貧状態が続いたという。
長男であった森進一は、中学生の時点ですでに家庭の経済を助けるために新聞配達や寿司屋での仕込みといった労働に従事していた。弟や妹を守りたいという強い責任感が、十代の彼の肩に重くのしかかっていた。自分が汗を流して得た僅かな収入を家族の生活費に充て、下の子たちの教育や将来を守ろうとした姿勢は、後年歌謡界のトップに上り詰めた後も彼の生き方の芯であり続けた。