「指切り」の直接的なルーツは、江戸時代の目眩く歓楽街、吉原遊郭にある。当時、遊女たちが特定の客に対して「私の愛はあなた一人だけです」と嘘偽りのない誓いを示すため、自らの身体の一部を切り取って贈る「心中神請(しんじゅうかみうけ)」という命懸けの風習が存在した。髪の毛を切る、誓文を書くといった行為からエスカレートし、最高峰の誠意として行われたのが左小指の第一関節からの切断だった。
江戸中期の文豪・井原西鶴が著した『好色一代男』をはじめとする浮世草子にも、こうした遊女たちの血なまぐさい誓言の様子が克明に記されている。客の心を引き繋ぎ止め、自らの本気度を証明するための壮絶な肉体損壊。後年には精巧な偽物の指を専門に作る業者が現れるほど、この「指切り」は遊郭の狂気的な文化として定着していた。それが時代を経て、いつしか民間の約束事の道具へと形を変えていったのだ。